小金井での半世紀の展開と今後
              50周年記念行事 実行委員長 尾川浩一 理工学部長


 理工学部の前身である工学部が、小金井の地に展開してから50年という節目の年を迎えることを大変喜ばしく思います。

 この半世紀において工学部は80年代後半の多摩キャンパス全面移転論争や理工学部への改組などのさまざまな議論を経て、1993年の8学科体制での展開、2004年、2006年にはそれぞれ1学科の追加、そして最終形としての理工学部への改組は2008年となりました。

 この間の社会情勢をみると1980年代後半のバブル景気とその崩壊、さらに2000年のインターネットバブル崩壊など経済の大きなうねりがありました。この時代背景に合わせて学科の名称も浮き沈みがあり、90年代後半に大人気であった情報を標榜する学科はITバブルがはじけたことにより2000年代には停滞し、近年やっと復調してきています。一方、産業構造としては製造業から情報産業へ移行し、ものづくりの考え方もインターネットや情報機器を駆使した設計、製造に変わってきました。少子高齢化時代を迎えた日本では、医療、介護、ロボット産業などの分野での理工学系人材の需要が急増していますが、国策として十分な研究開発費の支援体制ができているようにも思えません。

 理工学部としては、常に理工系産業の展開予測を行いながら、時代の要求に即した人材を輩出していく必要があると思っています。また、大学からの情報発信という面では、各教員がトップレベルの研究を行って学会や産業界を先導し、大学という最高学府としての責任を果たしていく必要があると思います。2020年には入学志願者の激減時期を迎えますが、生き残れる強い大学としての真価が問われることとなるので、全教員が一丸となって力を合わせ様々な問題を克服していきたいと考えています。



小金井校舎から市ヶ谷田町へ 小金井校舎開設50周年に寄せて
          50周年記念行事 副実行委員長 出口清孝 デザイン工学部長


  東西に長い教室棟と研究棟,それをつなぐ鉄骨の渡り廊下,モジュール化された間仕切り壁,地上に比較して大きな地下,そこに設置された実験室や製図室・演習室,そして事務・図書館を有する管理棟と池など…。かつての小金井校舎は人生の過ぎ行く一過程の記憶として残っているのみであります。

 昨年秋,オリンピック・パラリンピックが2020年に東京で開催することが正式決定されました。思えば小金井校舎が開設されたのが前の東京オリンピックの年,つまり1964年であります。この50年の間の日本経済の発展や後の変化は目覚しいものがあり,また,大学の教育研究に関わる環境も大きく変わってきて,それに伴い理系学部については工学部から4学部を擁するに至り,内容も建物の環境も大きく変化してきました。

 2007年度開設のデザイン工学部は,工学部の建築,土木を中心に,機械,電気,経営工学の各専門を担った教員を母体にしています。2008年度からは市ヶ谷田町校舎が旧62年館をリニューアルされて実質デザイン工学科棟と完成しましたので,今は小金井校地に一部の実験室を残すのみであります。小金井の3学部とはやや立場が違いますが,デザイン工学部は,市ヶ谷地区の学部として,また理系4学部の一つの学部として,これからも発展をしていきます。

 法政大学は2030年を目標とした長期目標ビジョンを策定しようとしています。その中で大きな課題の一つがグローバル化であります。既に各大学がこぞって競いあっていますが,法政大学の理系学部として世に問えるものをアピールする必要がありましょう。



50周年と情報科学部の新たな挑戦
            50周年記念行事 副実行委員長 雪田修一 情報科学部長


  情報科学部は2000年に誕生以来、モノつくりから概念つくりへ、をスローガンに日本の次世代の産業の担い手となる情報技術者および研究者の養成を目指して様々な試みを続けてきました。

 特に、社会が要求する学士力とは何かについて詳細な検討を行い、カリキュラム編成、ピアサポートの独自形態であるガラス箱オフィスアワーセンターによる学修支援の取り組み、基礎科目における達成度試験と成績評価試験の分離、そこから得られたデータに基づくPDCAの実践などで多くの成果をあげてきました。時期のカリキュラム改革も走り出し、国際的な標準カリキュラムの準拠を基本としつつ「学び直し」、「学士力の再定義」などがテーマとなっています。国際的に最先端の活躍をしながら、日本の大学の現状について深く分析のできる若手教員の活力に依拠した大いなる挑戦です。カリキュラム2015と銘打っています。校友会、後援会、理系同窓会の皆様には、ご期待を請います。

 しかし、18歳人口の激減期を迎えるにあたっては、法政大学の10年後、20年後の姿を展望した、質的に違う取り組みも要求されています。学部独自の取り組みでは追いつかない様々な課題を解決しなければなりません。アジアの拠点大学を目指すという法政大学の長期ビジョンに応えるためにも、法政理系ブランドの確立に向けても理系学部の団結が欠かせません。さらには文系学部と新しい連携の仕方も模索する必要があるでしょう。この50周年の節目にあたって、大いなる挑戦に一歩を踏み出します。



3本の学問の木とともに
            50周年記念行事 副実行委員長 川岸郁朗 生命科学部長


  134年の歴史をもつ法政大学において、生命科学部はとても新しい学部です。工学部物質化学科と生命機能学科を発展改組し、植物医科学専修を加える形で、2008年度に発足しました。2014年度には、生命機能学科・環境応用化学科・応用植物科学科の3学科体制となり、新たなスタートを切りました。では、本学が生命科学部を設置した理由は何でしょうか。それは、21世紀になって生命や環境を対象とした科学・技術の重要性がますます増しているからです。この状況を踏まえ、本学部では、「生命」「環境」「物質」三領域の有機的連関に基づいて、最新科学の知見を活用した「持続可能な地球社会の構築」に貢献できるような人材の育成を目指しています。

 さて、2012年度に竣工した再開発工事においては、建物だけでなく、中庭も整備され、キャンパスらしい趣になりました。その中庭に、由緒ある3本の木が植栽されていることにお気づきでしょうか。ニュートンのリンゴの木は、アイザック・ニュートン(1643-1727)の実家(英国ウールスソープ)にあったリンゴの木の株分け。メンデルのブドウの木は、グレゴール・ヨハン・メンデル(1822-1884)が修道院(チェコ共和国ブルノ)で栽培していたもの。楷の木は、孔子(552BC-479BC)の墓所(中国山東省曲阜)に、弟子の子貢が植えたとされるもの。いずれも東京大学附属植物園より譲り受けました。それぞれ物質・生命・文科系の学問の象徴として、本学部の学際的な志向を表すものと言えます。

 3本の木の成長とともに、本学部も、新たな学問領域を切り開き、その成果を世界に向けて発信し、高度な専門性と広い視野をもった卒業生を社会に送り出していきたいと思っています。